スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--)
スポンサー広告

神社まめ知識6

神社まめ知識6 神拝(しんぱい)おまいりの作法

神社に鈴がある場合、鈴を鳴らしたあと通常柏手(かしわで)を2回打ちますが、
正式には「二礼二拍手一礼」といって、二回おじぎをした後
2回柏手を打って、最後にもう1回おじきをする、というのが神様へのご挨拶の仕方です。

なお神社は柏手を打ちますが、お寺さんでは合掌になります。混乱しないようにしましょう

【拝礼の仕方】
(1) 拝殿前に進み出て最初に軽くおじぎをする
(2) お賽銭を入れ、鈴を鳴らす(鈴がある場合)
(3) 2回深く礼をする
(4) 2回拍手をする
(5) 1回深く礼をする
(6) 最後に軽くおじぎをして退く


団体参拝の場合は、代表者1名が隊列の前にでて、「二礼二拍手一礼」を行います
隊列の一同は代表者に合わせて同時にその場で、「二礼二拍手一礼」をします




スポンサーサイト

今日は陽気な天候





今日は風もなく穏やかな天候ですね
8分咲きといったところでしょうか


白梅



拝殿横の白梅。。。4分咲きというところでしょうか





にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 加古川情報へ

ささやかですが



出来る支援はささやかですが。


三陸 魂  
ついに 漁師復活!!

色々なおもい

大切な家族・友人・知人を亡くされた方、
一人一人に色々なおもいがあるのだと。

20120313180614858.jpg
(写真お借りしました)




自衛隊とともに

 




      


3月11日~1年

2012_0218_114614-DSC_1256_convert_20120305145955.jpg
『東日本大震災復興祈願祭』於:当社 14:30~齋行しました
 終日半旗を掲げ 祝詞奏上の後 ご参列の方々と14:46黙祷

日本列島・日本人の身も心も揺れた大震災から早くも1年が経ちました。

被災地の方々でもあっという間の1年と感じられた方
本当に長い1年だったと感じられた方、様々な思いをお持ちだと思います

瓦礫撤去は徐々に進んでも、瓦礫の山が増えるばかりで
その山が小さくなることはなかなか進まない。
各地で処分の受け入れ拒否が相次いでいる現状・・・。

large_convert_20120305130420.jpg

23年6月に岩手県の宮司さんと陸前高田~車で北上した時の写真の一部です。





陸前高田市


釜石市


大槌町 某神社写真1


大槌町 写真2


大槌町 写真3

新学期に間に合うように、との事で、1週間しかありませんでしたが
近隣の方々のご厚意を戴きまして600個のランドセルが神社に集まりました。

家族総出で梱包し、岩手県の宮司さんに送りました。


メッセージが書かれたランドセルも♪





開花


拝殿横の白梅が咲き始めました

満開になるのはまだまだ先の事でしょう

今日は雨


今日は久しぶりの雨


神社まめ知識5 建物

神社まめ知識5 建物(本殿・幣殿・拝殿等々)

神社の周りには鎮守の杜(もり)と呼ばれる森林があるのが一般的ですね。
御神木といわれる名木には、注連縄を結ばれているものもあります。
神社の入口には、境内と俗界の境界を示す鳥居があり、社殿まで参道が通じる。
参道のそばには身を清めるための手水舎、神社を管理する社務所などがあります。
大きな神社では神池や神橋がある場合や、参集殿・会館等々があります。

社殿は本殿(ほんでん)・拝殿(はいでん)からなります。

神社では本殿 お寺では本堂ですね。

人々が普段参拝するときに目にするのは拝殿で、神体がお鎮まりの本殿は拝殿の奥にあります。
本殿と拝殿の間に幣殿が設置されていることもあります。

神社の敷地(境内)には、その神社の祭神に関係のある神や元々その土地に祀られていた
神を祀る摂社や、それ以外の神を祀る末社があり、両者をあわせて摂末社と総称します。
境内の外に摂末社がある場合もあり、それは境外社と呼ばれます。

また、神仏習合が始まる奈良時代には神社の境内に神を供養する神宮寺(別当寺、宮寺)が
建てられるようになり、それ以後、神社内に寺院が建てられることもありましたが、
明治政府による神仏判然令(神仏分離令)により、神社と寺院は分離され、
神社境内にあった五重塔や仏堂などは撤去され、僧侶と神職も区別されました。

2012_0125_160617-DSCF2838_convert_20120125162444.jpg
(写真左から本殿 真中が幣殿 右が拝殿)



12月24日の記事 『明治の境内図』で書きましたが
当社も明治までは境内に 八幡山長壽寺がありました。

桃の節句



かつての日本では「左」が上位でした。
(神社祭式(動作の作法)では現在でも左(向って右)が上位です)

人形では左大臣(雛では髭のある年配の方)が一番の上位で天皇から
見ての左側(向かって右)にいる。
飾り物の「左近の桜、右近の橘」での桜は天皇の左側になり、
これは宮中の紫宸殿の敷地に実際に植えてある樹木の並びでもある。
明治天皇の時代までは左が高位というそのような伝統があったため天皇陛下は左に立たれた。

しかし明治の文明開化によって日本も西洋化し、その後に最初の即位式を挙げられた
大正天皇は西洋式に倣い右に立たれた。
それ以降から皇室の伝統になり、近代になってからは昭和天皇は何時も右に立たれ
香淳皇后が左に並ばれました。

それにならい、多くの地域では男雛を右(向かって左)に配置するようになった。
昭和天皇の即位以来、男雛を向かって左に置くのを「現代式」、右に置くのを「古式」と
呼ぶそうで、畿内や西日本では現在でも男雛を向かって右に置く家庭があります。








にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 加古川情報へ

南御堂


真宗大谷派 南御堂

弥生 月次祭



月次祭(月のはじめのおまつり)と震災復興祈願祭をご奉仕致しました。

あらためて3月11日に『東日本大震災復興祈願祭』を齋行する予定です。


・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

幾度となく被災地をご訪問された天皇陛下の御言葉(3月16日)のなかに
『国民一人びとりが、これからも長く心を寄せ、被災者とともに
それぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています』

と仰せになられました。

震災発生と同時に、被災地の津々浦々にまで展開したのは自衛隊です。
その制服姿がどれほど被災者を励ましたか。
自衛隊員の方々への感謝は、いくらしても足りないでしょう。

民主党政権に当事者意識というものが感じられない。
その対応がいかに鈍く無残だったかは、復旧復興の中心となる復興庁
1年近く経った今年2月にようやく発足した事実です。
89年前の関東大震災のときの帝都復興院の立ち上げよりもはるかに遅い。

原発事故で深刻な福島県
急性被曝で亡くなられた方はいないようですが、対照的に被災者が避難先で
亡くなられているケースが多い。
このような亡くなられた方を「震災関連死」と呼ぶそうですが、なかには
避難できずに餓死された方、また自殺された方も多いようです。
昨年8月までで約400名と云われています

どこか他人事の政治とマスコミではなく被災地に本当の意味で
また陽を昇らせ、復興への道を進む為に必死で取り組んで頂ける
政権はないのでしょうか。


主に日々祈る事しかできませんが、その他の出来る事を継続していこうと思っております。


(はるかのひまわり)



| ホーム |
Page Top↑
▲ Page Top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。