地鎮祭の鎮物

鎮物は建物を建てる場合 地鎮祭を行い その時に建てる土地の神様にご報告し

その後の無事を願うために敷地の真ん中に納めます。


神仏習合であった当社にも 本殿下から貴重な江戸時代の鎮物である

鎮壇具(輪宝・独鈷杵など)を発見し現在も大切に保管されています。



写真の鎮物は当社の工事の時に奉製しました 尾州檜を使った柳筥です。



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直会とは

神社まめ知識17『直会とは』

直会(なおらい)とは、祭りの終了後に、神前に供えた御饌御酒(みけみき)を神職をはじめ参列者の方々で戴くことをいいます。

古くから、お供えして神々の恩頼(みたまのふゆ)を戴くことができると考えられてきました。
この共食により神と人とが一体となることが、直会の根本的意義であるということができます。

簡略化されたものとして、御酒を戴くことが一般的な儀礼となっていますが、これは御酒が神饌の中でも米から作られるものであり、また調理をせずにその場で直接戴くことができるため、象徴的におこなうものとなりました。

神々にお供えした物を下げて戴くということは、宮中においても毎年行われる新嘗祭(にいなめさい)の際に天皇陛下が親しく新穀を神々に捧げ、また御自らも召しあがるという儀礼に観ることができ「神人共食」という祭りの根本的意義が示されています。

直会の語源を「なおりあい」とする説もあります。神職は祭りに奉仕するにあたり、心身の清浄につとめるなどの斎戒をします。

神社本庁の「斎戒に関する規程」には、「斎戒中は、潔斎して身体を清め、衣服を改め、居室を異にし飲食を慎み、思念、言語、動作を正しくし、穢(けがれ)、不浄に触れてはならない」とあるように通常の生活とは異なるさまざまな制約があり、祭りの準備から祭典を経て、祭典後の直会をもって全ての行事が終了し、斎戒を解く「解斎」(げさい)となり、もとの生活に戻ります。

「なおらい」の語源は、「もとに戻る=直る」の関係を示して直会の役割を述べたものであり、直会が祭典の一部であることを指しています。

直会が神事として一般の宴と異なるのも、こうした意義をもっておこなわれているからなのです。



装束

(かなり前の写真ですが)

神職がお祭りで着る装束にはいくつかの種類がありまして
細かな決まりはありますが ごく簡単に書いてしまいますと

大祭(例祭・新嘗祭・祈年祭等)では正服(せいふく)と呼ばれ一番正装した姿です。
洋服で言えばモーニング姿といったところでしょうか。

正服の砲(ほう・上着)の色や袴の色・紋入り また冠の紋入り・紋なし 浅沓(あさぐつ)等は
神職の身分・階位によって変わってきます。。。

次に中祭(歳旦祭・紀元祭等)は斎服(さいふく)と呼ばれ 形は正服と同じですが
神職身分・階位に関係なく 砲(ほう・上着)と袴の色が全て白色の装束です。

そして最後に日常的によく使うのが ご祈祷の時や地鎮祭等で着る狩衣(かりぎぬ)です。

身分2級からは裏地を付けても良い・その他決まりはありますが
それ以外の色や地柄・紋の種類等々 狩衣は自由ですので 最終的には神社・個人の要望や好みですね。

他の用事で来られた装束店さんに 狩衣の反物を見せてもらいましたが
赤色で地柄を唐草にして 金糸で社紋を織り込んだ狩衣も 綺麗だろうなと。

薄暗い本殿内では 映える色なんでしょうね。



神饌とは

神社まめ知識16『神饌とは』

お供え
(写真は除夜祭用の野菜)

神饌とは、御饌(みけ)とも言って、お祭りなどで神様に献上するお食事のことです。
神様にお食事を差し上げておもてなしをして、そのお下がりを参列した人たちでいただく行為
「神人共食」(しんじんきょうしょく)が、日本の祭りの特徴であるとも言われています。

お供えする品目は、主食としてのお米を始め
お酒、お餅、海魚、川魚、野鳥、水鳥、海菜、野菜、お菓子、お塩、お水を
基本としつつ地元の産物が捧げられたり お祭りの軽重によって種類・数が増減したりもします。

また地域によっては、歴史的に特別な由来のある神饌が捧げられなど
我々が長い歴史の中で育んできた食文化が反映されているのです。

また神饌には、生のまま供えられる生饌(せいせん)と
調理したものをお供えする熟饌(じゅくせん)があります。

神社では、定期的な大きなお祭り以外にも お日供として
毎日神饌を捧げるお祭りが行われています。

家庭での神棚へのお供えも これに準じてお米、お酒、お塩、お水を基本として
その時々に応じて餅やお菓子、魚や野菜を供えてみてはいかがでしょうか。

祝詞とは

神社まめ知識15『祝詞とは』

祝詞とは、祭典に奉仕する神職が神様に奏上する言葉であり、その内容は神饌・幣帛(へいはく)
を供えて御神徳に対する称辞(たたえごと)を奏し、新たな恩頼(みたまのふゆ)を祈願する
というのが一般的な形といえます。

その起源は古く、記紀神話にも天の岩屋の段で、天照大御神がお隠れになられた天の岩屋の前で
天児屋命(あめのこやねのみこと)が「布詔戸言」(ふとのりとごと)を奏上したことが見られます。

また『延喜式』(えんぎしき)巻八には現存する最古のものとして朝廷の祭儀に関わる二十七編の
祝詞が収録されており、現在でも重視されています。

我が国は、「言霊(ことだま)の幸(さきわ)う国」とも称されるように、言霊に対する信仰が
見られます。
言葉には霊力が宿り、口に出されて述べることにより、この霊力が発揮されると考えられています。

例えば忌み嫌われる言葉を話すと良くないことが起こり、逆に祝福の言葉で状況が好転するという
もので婚儀など祝儀の際に忌み言葉を使わぬよう注意を払うのもこうした考えによることなのです。

祝詞には、こうした言霊に対する信仰が根底にあるため、一字一句に流麗で荘厳な言い回しを用いて
間違えることがないように慎重に奏上されます。

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