伊勢の神宮
神社まめ知識10 伊勢の神宮

(写真お借りしました)
日本全国にたくさんある神社の中で、古来特別な神社として敬われてきたのが伊勢の神宮です。
伊勢の神宮は、正式には神宮とのみ申し上げ、三重県伊勢市とその周辺に鎮座する百二十五のお社の総称です。
その中心は、皇室のご祖先である天照大御神をおまつりする皇大神宮(内宮)と
天照大御神のお食事をつかさどり、衣食住はじめ産業の守り神である豊受大御神を
おまつりする豊受大神宮(外宮)です。
今から2000年以上前の第11代垂仁天皇の御代、天照大御神のお告げにより皇大神宮がまつられ
約500年後の第21代雄略天皇の御代には、豊受大御神が伊勢に迎えられました。
神宮では年間約1500回ものお祭りが行われていますが、神宮の、また日本国中で最高最大の
お祭りは式年遷宮というお祭りです。
式年遷宮は、20年に一度すべてのご社殿をはじめご神宝などを新しく造り替えるお祭りで
そうすることでみずみずしさを保ち、ご神威が高まることを願ってきたのです。
第41代持統天皇の御代に始まったこのお祭りは、平成25年に第62回が執り行われます。


(写真お借りしました)
日本全国にたくさんある神社の中で、古来特別な神社として敬われてきたのが伊勢の神宮です。
伊勢の神宮は、正式には神宮とのみ申し上げ、三重県伊勢市とその周辺に鎮座する百二十五のお社の総称です。
その中心は、皇室のご祖先である天照大御神をおまつりする皇大神宮(内宮)と
天照大御神のお食事をつかさどり、衣食住はじめ産業の守り神である豊受大御神を
おまつりする豊受大神宮(外宮)です。
今から2000年以上前の第11代垂仁天皇の御代、天照大御神のお告げにより皇大神宮がまつられ
約500年後の第21代雄略天皇の御代には、豊受大御神が伊勢に迎えられました。
神宮では年間約1500回ものお祭りが行われていますが、神宮の、また日本国中で最高最大の
お祭りは式年遷宮というお祭りです。
式年遷宮は、20年に一度すべてのご社殿をはじめご神宝などを新しく造り替えるお祭りで
そうすることでみずみずしさを保ち、ご神威が高まることを願ってきたのです。
第41代持統天皇の御代に始まったこのお祭りは、平成25年に第62回が執り行われます。
神社まめ知識9 初穂料
神社まめ知識9 初穂料とは
初穂とは字の通りその年の最初に実った穀物を神社などに
奉るものの称で、稲穂を神前にかけて奉る場合は
懸税(かけぢから)といいます。
お米ばかりでなく、五穀や果物はもとより
野菜や海草・魚介類でも初物はまず神様に
というのがわが国古来の習慣です。
現在では初穂料というのは、神様に捧げる初物の代わりという事で
今日では神に奉る金銭の総称となっています。
故にお札やお守りの料金も初穂料と称されています。
初穂とは字の通りその年の最初に実った穀物を神社などに
奉るものの称で、稲穂を神前にかけて奉る場合は
懸税(かけぢから)といいます。
お米ばかりでなく、五穀や果物はもとより
野菜や海草・魚介類でも初物はまず神様に
というのがわが国古来の習慣です。
現在では初穂料というのは、神様に捧げる初物の代わりという事で
今日では神に奉る金銭の総称となっています。
故にお札やお守りの料金も初穂料と称されています。
神社まめ知識8 お賽銭
神社まめ知識8 お賽銭
賽銭はもとは散銭(さんせん)といい、古くはお金の代わりにお米を用いて
散米または打撒きなどと称していました。
日向風土記には天孫(天皇)が高千穂の峰に降臨された時、雲立ちこめて
進むべき道もわからなかった。
その時に土人の大鉗(おおはし)・小鉗(こはし)の兄弟が
『稲を千穂散じ給うたならば霧がはれましょう』と申し上げたので
その言葉通りになされると、たちまち雲霧は消え失せ道も開けて
無事に行幸(旅)なされる事ができた、ということだそうです。
お米が貨幣の流通と共に金銭にかわり、散銭となり、神社にお参り時に
奉る銭の意味から賽銭と書くようになった今日でも
自分の心の邪悪なものを祓うことと、神に捧げることのふたつの意味があると思います。
つまりお米やお金という貴重品を、代償なしに散ずる事は、私欲があっては出来ない事ですから
人は賽銭を投げることによって心の霧を祓い、またそれと同時にお賽銭を上げることによって
神へのご奉仕、神社の護持を助けていただいているのです。
賽銭はもとは散銭(さんせん)といい、古くはお金の代わりにお米を用いて
散米または打撒きなどと称していました。
日向風土記には天孫(天皇)が高千穂の峰に降臨された時、雲立ちこめて
進むべき道もわからなかった。
その時に土人の大鉗(おおはし)・小鉗(こはし)の兄弟が
『稲を千穂散じ給うたならば霧がはれましょう』と申し上げたので
その言葉通りになされると、たちまち雲霧は消え失せ道も開けて
無事に行幸(旅)なされる事ができた、ということだそうです。
お米が貨幣の流通と共に金銭にかわり、散銭となり、神社にお参り時に
奉る銭の意味から賽銭と書くようになった今日でも
自分の心の邪悪なものを祓うことと、神に捧げることのふたつの意味があると思います。
つまりお米やお金という貴重品を、代償なしに散ずる事は、私欲があっては出来ない事ですから
人は賽銭を投げることによって心の霧を祓い、またそれと同時にお賽銭を上げることによって
神へのご奉仕、神社の護持を助けていただいているのです。

















